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幕末維新新選組土方副長の誕生日

6月5日池田屋事変

石田散薬と溝蕎麦と沖田の最期

五月十一日

五月五日

沖田隊長、おめでとうございます ..

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幕末維新新選組土方副長の誕生日
副長、お誕生日おめでとうございます。
暑いですね………こんな暑い時にお生まれになって
さぞやご母堂が大変であったことでしょう。
そしておんぎゃーおんぎゃーという愛らしい夜泣きの声が
たださえ寝苦しい夜、まわりの人を起こしまくったことでしょう。
年々厳しい暑さではございますが、
ケーキは要冷蔵で(笑)
まず目前の懸案を無事乗り切っていかれるとよいですね。
またよい一年でありますようお祈りしております。



by 沖田総司 ¦ 08:14, Wednesday, Jul 28, 2010 ¦ 固定リンク ¦ トラックバック(0)


6月5日池田屋事変
いわずとしれたといいますか
新選組が唯一、幕末史の中で
必ずとりあげられる事件といいますか。
これで有為の志士たちが斬られたために
維新が一年遅れたとか、
逆に長州の火に油を注ぎ爆発し、
それによって早まったとか
いまだに言われますが。

守護職預かりの新選組とはいえ、通り名は
「壬生浪士」であったのですから、
人から見れば私設団体、いまでいえば
派遣の仕事の一つ……
ぐらいに軽んじられ、幕府の犬と馬鹿にされたり
していた新選組が、
独自の諜報と探索によって、
評定が進まず大々的な人数を
繰り出せずにいた上の人達より先に、
しかも思いがけぬ小人数で戦闘に突入した。
志士(?)側に備えがなかったとはいえど、
古高捕縛後の緊急事態の時に会合を
持つのだから、それぞれの出入口に
見張りすら置かないというのは
知恵者というにはあまりに粗雑過ぎると
思われます。
後に、武具をつけたまま三浦の警護に
ついていた斎藤一の話からすれば、
実戦部隊と革命家(気分)の学生の違いでしょうか。

残念なことに、長州が進軍した蛤御門の変によって
京都大火が実現してしまいましたが。
どちらが発火点かはともかく、
あえてやらずもがなの火事を起こした。
この6月5日の夜は、要人暗殺と放火という
暴発を防ぎ圧倒的な奮戦で
武士の面目を保ったのは
その武士たちにお雇い=アルバイトとしか
思われていなかった、素性も定かならぬ
新選組の隊士達でした。


本来の「新選組の日」の一つでしょう。

このあと土方副長が
池田屋について
気合を入れて書かれる……かと思ったら
時間がないそうなので(笑)
失礼致します。


by 沖田総司 ¦ 23:46, Saturday, Jun 05, 2010 ¦ 固定リンク ¦ トラックバック(2)


石田散薬と溝蕎麦と沖田の最期
昼間、片手に25キロの荷物を何度か上げ下ろし作業を
したら夕方から右の手首が痛い。
痛いとなったら気になるものでドアを開けたり
風呂で洗面器のお湯を汲む時も

ウッ

となったりするので、
折れてたら労災だなーと思ってぐりぐりさわってみても
ギャッという程ではないので、湯上がりに、家にあった
ロキソニンテープ(お医者さんのくれる湿布)を貼る。
いまやスースーしすぎて眠れない。

ああこんな時に石田散薬があったらなぁ……と思い出す。
酒で飲んでいいからである(笑)

新選組好きであれば知らぬ人もないというほど有名で、
若き日の歳三が原料の草を採集する時に村の人員を
指揮するのが巧みであったとか、
薬を背負って売りながら剣術道具をくくりつけ
さまざまな道場に武者修行したとか。
なんたって石田散薬といったら歳さん、なのである。

だが、土方家が昭和も戦後の役所の分析を受けた所、
薬効なし、つまりドクにもクスリにもならないとされてしまい、
製造中止によって消えてしまい幻の家伝薬になった………。

はずだったが。

石田散薬の原料の
「牛革草」
なんだか革みたいに茎が固いのかなと想像していて、
調べてみなければ一生気にも留めなかったと思われるが
実は葉の形が牛の顔面みたいなので、
ウシのヒタイ
といい、つまり「牛額草」または「牛面草」などであるらしい。
もっと一般的な和名は
ミゾソバ=溝蕎麦
田んぼの脇など湿った所によく生えているからだそうだが
あいにく近所で見かけた事があるのかどうかわからない。
よく写真を撮りに行く公園内の植物園で鉢植えの札に
「みぞそば」と書いて差してあるのを発見し「おおっ」と
声をあげたが枯れている時期だった(笑)ので、
いつか実物の花を見に行こうと思いつつ果たせず。
8〜9月に咲くという花は、真ん中が白で縁取りがピンク、
写真で見ると本当に細かくて可愛らしく美しい。
「コンペイトウ」という別名があるそうだ。

ところで。

今やそのミゾソバ、しっかり「薬用植物」として認められている。
有効成分はフラボノイド・クエルセチン配糖体の
クエルチトリン、ペルシカリン、ビタミン、ルチン、グロブリン
(書いててもわかりません)
効能はリューマチ、止血、鎮痛、利尿、高血圧。
採集して乾燥させ煎じ薬として服用する。
生の茎を患部に貼り付けると止血、鎮痛に効く。

おおっ。
ちゃんと効き目あるんじゃん。

塩茹でしてあく抜きすれば、
おひたしやゴマあえや油炒めや天ぷらや卵とじ、などで
食べられるのだそうだ。
飲み薬になるんだったら食べて平気なのは当たり前だが。
……道端の雑草を食するのが趣味の俳優岡本さんではないので
その手間ひまをかけて食べようとは……いつかやってみたい。

「新選組の土方」の実家だから上の役人にわざと意地悪されて
本当は効くのにムダと切り捨てられたんじゃあるまいかとか、
余計な事を考えたりしたものの、成分分析の精度は
違って当然か。製法によっても出方が違うのかもしれない。
今更とっくに知られている事だろうが、
石田散薬は外傷がつきものの新選組で常備薬であった。
溝蕎麦に効き目はあった。
副長が怖いから仕方なく使われたのではないのである(笑)。
歳三がどんなセールストークで営業していたのか、
よく売れたのかさっぱりだったのか、聞いてみたい気になる。

同じ原料で佐藤家の虚労散は労咳に効くといって、
沖田総司の持薬だったそうだが、
もちろん消炎や咳止めであっても根本治療にはならない。
元気者で美男であった原田左之助が彰義隊戦争で負傷し、
五月十七日に死んだ、というが、
病床の総司に知るよしもなかったろう。
同じ月の三十日に死ぬ。
黒猫を斬ろうとして斬れずに力を落としたという。
今は不吉とされがちだが、江戸時代、逆に黒猫は
その神秘性からか、労咳退治に効き目があると言われた。
退屈をなぐさめるために見舞いの誰かが連れてきたものか?
子母澤寛はそれを知っていて結びつけたのではないか。

総司の命日は、
慶応四年五月三十日=西暦1868年7月19日。
7月19日の(誕生)花はトリカブト、月下美人。
植木屋の庭でもさすがに咲いてはいなさそうだ。
まだ石田散薬の牛額草・溝蕎麦の花には早い。
どんな花を見ながら過ごしたろうか。

子母澤寛は1968年の7月19日に76歳で逝去している。
沖田総司が死んで、きっかり100年目。
奇縁としかいいようがない。

↑以上、30日忙しくて寝てしまいそうなので
書いておきました、副長。

ウッ、右にひねると右の手首が痛い……
左にひねっても痛かった(笑)
寝たら治りますように(==;;)



by 沖田総司 ¦ 01:05, Wednesday, May 26, 2010 ¦ 固定リンク ¦ トラックバック(0)


五月十一日
蟻通勘吾……31歳。讃岐。
粕谷十郎……30歳。 旧・幕臣。
栗原仙之助………23歳。旧・唐津藩士。
津田丑五郎………25歳。京都。
乙部剛之進(武部銀次郎)………旧・備中松山藩士。
長島五郎作……18歳、安房。
土方歳三………35歳。武州多摩。

の命日。

ご冥福をお祈りします。


by 沖田総司 ¦ 23:34, Tuesday, May 11, 2010 ¦ 固定リンク ¦ トラックバック(2)


五月五日
土方歳三が石田村で生まれた日。

天保六年五月五日、西暦1835年5月31日
……という事になっているがどうせマユツバで信じていない。
端午の節句という事で、あとから縁起の良い日に
されたのでしょう。父親の没後に生まれた末子。
当人は没後一世紀も経って人気が出た。

さて今夜は菖蒲の葉を目の細かい洗濯ネットに入れ
菖蒲湯に入る。

大河ドラマの影響で復刻されたようで、2010年3月、
山科けいすけの超・名作「サカモト」が新潮文庫で
発売されているのを
出先の書店で発見し「おおっ」と叫んで即購入。
単行本上下を一冊にまとめたもので特別編とおまけが
ついておりカラーページもけっこうある。
読んだ後でオオウケするか激怒するかあるいは
さっぱりわからんになるか、幕末ファンは怒るかもと
作者も書いてあるが。

ようやくうっとおしい大騒ぎ連休も終わり、
高速大渋滞奨励キャンペーンと休み疲れで
マヒした日常感覚が戻るまでに各種の
支障が連発しないことを願いたいものだ。

母の日が近い。
実はクリスマス商戦より経済効果が高いそうで、
さすが母は強しということか。
花屋の裏にはカーネーションの鉢植えが山積みに
されて出番を待っている。


by 沖田総司 ¦ 23:07, Wednesday, May 05, 2010 ¦ 固定リンク ¦ トラックバック(0)


沖田隊長、おめでとうございます。
沖田隊長
誕生日おめでとうございます。

五月に入り、毎日の曇り空で涼しく、
不安定だった四月の天気から一転し、
春の陽気を感じますね。
本日は五月晴れで、
天候も沖田隊長をご祝福されているようです。
 
清志郎さんの突然の訃報から一年が経ち、
一年の長さが何故か身に染みました。

未だに学んでは忘れ、
お叱りを頂く毎日ではございますが
今後ともご教授のこと、よろしくお願いします。

by 市村鉄之助 ¦ 20:18, Sunday, May 02, 2010 ¦ 固定リンク ¦ トラックバック(0)


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