西暦年号日付新選組関係事項幕末暗殺史 その頃の事件
1834天保
     五
10/9近藤 勇、武蔵国多摩郡上石原村に生まれる  
1835天保
     六
5/5土方 歳三、武蔵国多摩郡石田村に生まれる  
1842天保
  十三
6/1沖田総司江戸に生まれる  
1848嘉永元11/近藤 勇、天然理心流近藤周助(試衛館)の門に入る    
1849嘉永二 10/19 近藤 勇、近藤周助の生家島崎家の養子となる  
1853嘉永六   米使 ペリー浦賀に来航
1854嘉永七   幕府、日米和親条約に調印
1856安政三   米国総領事ハリス、下田に着任
1858安政五   井伊直弼大老となり、以後安政の大獄進行
1860万延元3/近藤 勇、松井八十五郎長女ツネを娶る3/3井伊直弼(桜田門外の変) 水戸、薩摩浪士ら、桜田門外に井伊直弼を斬殺(桜田門外の変)
    12/5米公使通訳ヒュースケン 
1861文久元8/27府中六社宮の境内において近藤勇、天然理心流四代目襲名披露の野試合を催す 水戸浪士ら、高輪東禅寺に英国公使らを襲撃
1862文久二12/8幕府、清河八郎の献策により浪士隊募集を決議1/15安藤信正襲われる(坂下門外の変)将軍家茂、和宮と婚儀
  4/23 有馬新七ら(寺田屋事件)7/20島田左近薩摩藩士、生麦村に英人を殺傷する(生麦事件)
1863文久三2/4小石川伝通院に上洛希望の浪士集合、近藤 勇、試衛館門人を率いて参加1/22池内大学幕府、攘夷期限を五月十日と朝廷に上奏
  2/8浪士隊江戸出立、中山道を経て京へ向かう 長州藩、下関海峡で米艦を砲撃す
  2/23浪士一行、京に到着、同日夜、清河八郎、壬生新徳寺において浪士一同に尊皇討幕を説く 米艦下関を報復攻撃。これに応じて高杉晋作、奇兵隊を編成
  2/24清河、学習院に上書を提出し受理される  
  3/3関白鷹司政通より浪士隊に江戸帰還の達しが下る 鹿児島湾で薩摩藩と英艦交戦(薩英戦争)
  3/4将軍家茂の警護で八王子千人同心上洛 公武合体派、宮中の尊攘派を駆逐(八月十八日の政変)。三条実美ら公卿7名長州に下る(7卿落ち)
  3/10京都守護職松平容保に残留浪士差配の命が下る  
  3/12近藤芹沢ら京都残留浪士、松平容保の預かりとなる  平野国臣ら、担馬生野に挙兵す(生野の変)
  3/13清河ら帰東浪士、京を出立  
  3/16近藤、芹沢ら松平容保に拝謁  
  3/22近藤ら十八名連名で、将軍帰東諫止の建白書を老中板倉勝静に提出、家茂帰東は延引と決定  
  4/21家茂、摂海警備巡視のため下坂。近藤ら浪士隊、この道中警護に当たる4/13清河八郎 
  5/11巡視を終えた家茂に伴い帰京 5/20姉小路公知 
  6/13家茂、帰路帰東のため、天保山沖まで警護8/2佐々木愛次郎 
  8/18八月十八日の政変により、禁門警備に出陣。「新選組」の名を拝命し市中取締りを下命される8/10佐伯又三郎 
  9/7新見錦祇園山緒で詰腹を切らされる8/15鈴木重胤 
  9/18芹沢鴨、平山五郎、近藤一派によって斬殺される芹沢鴨、平山五郎 
  9/25八月十八日の政変の功労に対し、朝廷より下賜金を拝領  
  10/10近藤、一カ楼で諸藩周旋方と諸問題について論議  
1864文久四1/2将軍家茂上洛警護のため、新選組下坂 藤田小四郎ら、筑波山に挙兵す(天狗党の乱)
元治元5/3近藤、不明確な幕府の方針に対し建白書を提出5/20内山彦次郎池田屋事件起こる
  6/1肥後宮部鼎蔵の下僕忠蔵を捕縛 禁門の変起こり、長州藩敗退
  6/5桝屋喜右衛門こと古高俊太郎を捕縛。その自白により、旅宿池田屋を急襲6/5宮部鼎蔵、吉田稔麿ら家茂、長州親征を宣言し、西国諸藩に出兵を命ず(第一次長州征伐)
  7/19禁門の変勃発。新選組、九条河原に出陣7/11佐久間象山米・英・仏・蘭の四カ国艦隊、下関海峡で長州藩と交戦
  7/21山崎天王山に屯集する真木和泉ら十七名を攻める  長州藩、恭順の意を表し、福原越後ら三家老に切腹を命ず
  8/4 池田屋事件の功労に対し、幕府より恩賞金が下される  
  9/9近藤・永倉ら、江戸へ下る  
  10/15近藤、伊東甲子太郎らの新入隊士を伴い江戸出立11/15中山忠光高杉晋作、下関にて挙兵す
1865元治2/23山南敬助、脱走の罪で切腹1/8大利鼎吉幕府、諸藩に長州再征を発令す
  3/10壬生の前川邸を引き払い、六条西本願寺へ屯所を移す1/14浅見安之丞 
 慶応元4/27東下していた土方・伊東ら新入隊士53名を伴い江戸出立 2/11冷泉五郎 
  閏5/22家茂の入洛にあたり、三条蹴上に出迎え、二条城まで護衛 土佐藩、武市瑞山ら尊攘派を処刑
  11/4長州訊問使永井尚志に随行して、近藤 勇・伊東ら広島へ向う6/24喜多岡勇平家茂、長州再征を上奏し勅許を得る(第二次長州征伐)
  12/16永井帰途につくも、近藤らは残留。岩国方面を視察 12/25豊田謙次 
1866慶応二1/28近藤・伊東ら、松平容保の命で再度広島に出立3/13樋口謙之亮薩長同盟成立
  2/12河合耆三郎、会計上の不正により斬首 第二次征長戦始まる
  9/12制札投棄の警備を配す9/2豊田小太郎将軍家茂、大阪城にて死去(21)
  12/20制札事件の功労に対し、謝状と恩賞金が下される9/12藤崎吉五郎征長停止の勅命が下る
     孝明天皇崩御(36)
1867慶応三3/10伊東ら、孝明天皇御陵衛士を拝命する2/18淵上郁太郎 睦仁親王(明治天皇践祚)
  3/10伊東一派分離。新選組屯所を出て、三条城安寺に移る3/13丹羽精蔵 
  3/20伊東一派、高台寺月真院へ移る。以後、高台寺党と呼ばれる5/25曲直瀬道策征長処理と兵庫開港について、島津久光、松平慶永、山内豊信・伊達宗城ら、京都で四候会議を開く
  6/10新選組総員、幕府直参に取り上げられる6/22武田観柳斎後藤・坂本ら、西郷・大久保らと大政奉還の薩土盟約を結ぶ
  6/24土方ら、柳原前光・三条実愛を尋ね、公武合体の陳情をする8/14原市之進 
  8/8伊東ら、勤皇活動のため九州へ出立9/3赤松小三郎尾張・三河・遠江各地に「ええじゃないか」起こる
  9/20近藤 永井尚志の紹介で土佐後藤象二郎に会す10/22飯田節薩摩・長州・芸州藩、討幕の盟約を結ぶ
  10/9松平容保より板倉勝静と永井尚志の身辺警護を命じられる11/15坂本龍馬、中岡慎太郎山内豊信、大政奉還建白書を板倉勝静に提出
  11/18伊東甲子太郎、七条油小路にて斬殺される11/18伊東甲子太郎、藤堂平助ら将軍慶喜、大政奉還を奏請、勅許下る
  12/14永井尚志に従って下坂 王政復古の大号令発布
1868慶応四1/3鳥羽伏見の戦い勃発。新選組、伏見奉行所を本陣として奮戦閏4/20世良修蔵鳥羽伏見の戦い起こる(戊辰戦争始まる)
  1/12幕艦で大阪脱出。海路江戸へ向う 慶喜、大阪城脱出。海路江戸へ向う
  3/1甲陽鎮撫隊と称し、甲府城占領に向う 朝廷、慶喜追討令を出す
  3/6勝沼の柏尾で東山道軍と戦闘、敗走す 慶喜、江戸城より上野寛永寺へ閉居
  3/11永倉・原田ら靖兵隊を組織し、近藤・土方らと決別  江戸高輪にて西郷隆盛と勝海舟が会見。翌日江戸城開城の交渉成立
  4/3新政府軍、下総流山を包囲。近藤投降す  
  4/25近藤勇、板橋にて処刑される(35) 五ケ条の御誓文発布
  閏4/6新選組、白河方面へ出陣 江戸開城。慶喜、水戸へ赴く
  5/30沖田総司、今戸にて病死す(27) 奥羽越列藩同盟成立
  8/21母成峠の戦い  新政府軍、上野の彰義隊を攻撃
 明治元9/9幕兵及び新選組、仙台へ向う 江戸を東京と改称す
  10/22新選組、大鳥圭介傘下に入り、峠下経由で箱館へ向う 榎本武揚、幕府軍艦八隻を率いて品川を脱走
  11/5土方軍、松前城攻略 新政府軍、会津若松城を囲む。白虎隊、飯盛山で自刃
  12/15榎本軍、蝦夷地平定を宣す。土方、陸軍奉行並に任じられる 明治と改元し、一世一元の制を定める
     会津藩主松平容保、開城降伏
1869明治二 3/25 宮古湾の新政府軍艦隊襲撃を計画するも失敗、箱館へ逃走1/5横井小楠榎本軍、五稜郭を占領する
  4/13二股口の攻防戦 東京還都
  5/11新政府軍、箱館山に上陸。土方歳三戦死す(35)9/4大村益次郎五稜郭の榎本武揚降伏、戊辰戦争終結す
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