また、本サイトの運営方針を定められた局中法度を守り、参加者各人は
隊士の役職、所属、人名を使用し、個々がその自覚を持って発言及び
サイト内での各種記事の発表を受け持つ。
《サイト名称の意義》
巷間、文久三年より明治二年に史上において活躍した「新選組」を
「幕末の新選組」と呼ぶことがあるが、新選組は局長はじめ誰一人のもの
ではなく、当時在籍した有名無名の隊士一人一人の生涯に関わる歴史の
集結したものである、と考える。
新選組の歴史、は、隊士の歴史なのだ。
隊士の中には、幕末期のうちに命を絶ったものもあれば、
戊辰の役のうちに散ったものもあり、
維新後の明治、大正、昭和の時代まで生き続けたものもある。
よって「新選組」の前に、故隊士たちに敬意を表して「幕末」「維新」を冠し、
本サイト固有の名称とする。
《サイト内で使用する役職、所属、人名》
1 本サイト(隊)で参加者個人(隊士)が使用する名称について
サイト参加者は、局長の信任を得た副長の権限による命名によって、
本サイト名称のあとに役職、所属、人名を付記して、正式名称
(本サイトでのハンドルネーム)とする。
なお、省略を許される場においては、人名のみを表記する。
その名称については、史上の新選組において実在していた、と考えられる
ものを使用し、架空、また、字句を変えての使用は行わない。
例 近藤勇 を 近藤勇蔵、
土方歳三 を 土方歳一
島田魁 を 島田貝
相馬主計 を 相馬主人
市村鉄之助 を 市村銅之助
と表記したら、その名を見たときの閲覧者の心境はどうであろうか。
実名表記を避けたのだな、と感じるのみならず、却って、それを実名をもじった
パロディーの一種、と不快の念を抱く人もあるだろう。逆に面白い、と感じる人
もあるだろう。
また当然、隊士各人の実名を知り得ず、それが本当にあった名であるかどうか
も、判別不可能な人があるだろう。
この理由で、我々は史実上、最も正しいと思われる人名を統一して使用する。
2 歴史上の人物名の固有性、または権利などについて
各種法律、過去判例から見て、最長でも死後50年以上を経た「個人の姓名に
対する権利」(無体財産権)を認められている例はない。現時点で、死後130年を
経た「土方歳三」「沖田総司」ら、また、最後の生存隊士であったとされる者の
死後60年を経た今日、ネット上で新選組隊士の名を使用して発言したとしても
法に触れる行為ではないと考える。
まして遺族以上に、「土方歳三が好きだから」「沖田総司を愛しているから」
その名を他人が使用するのが不快である、という、個々の主観による抗議、
批判には、残念ながら応じられない。
また、歴史上の人物、という概念についても、何をもって「歴史上」
というかは、個人による認識の相違が甚だしいと思われるため、回答できない。
現在まで生きてきた人々は、他者が知る知らないに関わらず、すべてが歴史上の
人物なのである。それをもってして、重複使用を避けるということは不可能な
話であり、そもそも論議の必要性を認めない。
3 同隊士名の使用の混乱などについて
当サイト内では、チャットルーム(茶会と称す)においては、同志以外が新選組隊士の
実名を使用して入室、発言することをお断りしている。
これは、同時に内外の人間が入室し、発言をするチャットの性質上、同志と外部から
の参加者(客人と称す)との間で、重複、または所属不明などの混乱をきたすおそれが
あるためである。会議の場では、それに応じたローカルルールを設定するのは
規模の大小に関わらず、管理者の判断によるものと考える。
<参考>
大手歴史フォーラムを持つニフティ株式会社の見解より
以下、”ニフティ歴史フォーラム<日本史館>お知らせ”より抜粋
================================
歴史フォーラムでは、ご本名での参加も、ご本名以外のハンドルネームでの
参加も自由です。気に入った名前をじっくり考えてください。
ハンドルネームを考えるにあたって、楽しい歴史フォーラムライフを過ごす
ために次のようなことは知識として知っておきましょう。
●歴史上の人物名は・・・
歴史フォーラムでは発言中に歴史上の人物名がとびかいますので、歴史
上の人物名を、そのまんま付けてしまうと話題中の人物なのか、あなたの
名前を呼んでいるのか紛らわしくなる可能性があります。また歴史上の人
名は歴史を愛する人にとっての共通財産ですので、それをハンドルネーム
に使うことを“独り占め”と考える人もいます。これらのことも考慮に入
れておくといいでしょう。
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上記はインターネット上、有力大手の歴史フォーラムにおいて、
ハンドルネームをつける際の注意事項の全文転載である。
ここにおいて、「歴史上の人名」は、独り占めと感じる人も
あるので考慮に、と語るにとどめ、「禁止条項」とはしていない。
4 歴史上の有名人物を使用中のサイト関係者の意見(参考)
また、すでに「新選組」やそれ以外のさまざまな史上(有名な、と限り)人物の実名
を、ハンドルネームとして使用し、快適な運営を続けているサイトが多々ある現実も
挙げておく。同姓同名の使用例があることもむろんである。
複数のサイトからも、歴史の実名使用を不快だからやめてほしいと言われた場合、
その通りに従うならば、サイト運営そのものが支障をきたすではないか、何人の
閲覧者があるかわからないインターネットの中で、閲覧者個々のイメージ、主観、
感想、好悪の情にすべて応じられることは、残念ながら考えられない。
「当方であれば問い合わせには応じず、ほうっておくでしょう」との意見も
寄せられている。
「テレビドラマ、能、歌舞伎の例までとりあげても、歴史人物の名前を他人がつけて
演じた時に、自分はその俳優が気に入らなかったと思うのと一緒で、それを論じても
始まらないのではないか」という意見もある。
注*4の参考意見を提供してくれた人物の特定については、その人の
好意によって、真摯に答えていただいたもの、とだけ記し、
悪意を含んで当サイト、また他サイトの運営に支障を及ぼすおそれのある
ものからの問い合わせには、一切応じない。
《当サイトで新選組隊士の名を使用する意義》
1 前項1と2にも重複するが、
「新選組の歴史は、隊士の歴史である」、と我々は考える。
彼ら先人ひとりひとりが残してくれた事績、史料によって、
我々が新選組や当時の歴史を知ろうとする機会を得、
現代社会においてもさまざまな同好の人と知り合えるということに、
まず大きな喜びと、感謝の念を持っている。
したがって我々は、虚実取り混ぜて挿話や史料が多く、知名度の高い
隊士だけを取り上げて、それが「新選組」である、とは語らない。
調査の及ぶ限り、新選組「全隊士の名鑑」を掲載しているのはその為である。
2 ただし、現在知られる中で池田七三郎(稗田利八)が昭和13年1月16日に
没したのを最後に、今日、生存する新選組隊士はいない。
我々が新選組について知ろうとする時、すでに彼らから直接、往時のことを
語り聞かされる機会は失われているのである。
3 以上1,2の事柄から、我々はこのサイトを運営するにあたり、
現代人の視点で新選組を考察、研究するだけではなく、我々の一人一人が、
今は亡き新選組隊士の立場に立って、あるいは、少しでも彼らの心情に近づく
ことを考えながら、学んでいこうと思う。第三者的なものの見方ではなく、
「もし、自分が新選組隊士であったならば、どう考え、どう動いたであろうか。
また、新選組の上長、部下、同僚に対しては日頃どう接したであろうか」
という視点を持つことで、違った理解のしかたが出来るはずだ、と考える。
また、我々が日常彼らの名をサイトに表記して発言、発表をすることで、
より多くの人が彼らの名を目にしてくれるはずである。そこから、ある人が
「このサイトで見かける名前の参加者はこういう人らしい、
それでは、史実にある同名の隊士は、本当はどんな人だったのだろう?」
という疑問を持ち、往時の彼らを知るきっかけの一つになってくれれば、
幸いである、と考える。
4 もしも我々が、現代人としてのみこのサイトで意見を交換するとしたら、
どのようなことになるだろうか。
参加者個々の性別、年齢の上下、職種、経歴、知識の多少、発言力、
そうしたもろもろの要素を入れれば、おのずと互いの意見を出し合う際には
「遠慮」が生じてくる。
しかし、新選組の隊士制度を用い、また隊士としての職分、氏名のみを
用いる時はどうであろうか。そこには、
・局長⇒副長⇒副長助勤(または監察方などの専門職)⇒伍長⇒平同士(⇒仮同士)
という序列が存在するのみである。
また入隊(サイト参加)以来の履歴によってのみ、「先輩、後輩」の関係が生じる。
配慮すべきはこの二点でよい。
5 史実の新選組も、当時の士農工商の身分や家格、年齢や経歴、などに
よらず、参加者個人の実績と実力のみで役職の上下を定めていたことは
明らかである。
副長助勤の中でも最年少に近い沖田総司が、「一番隊隊長」の重職に
あったことは、周知の通りである。
これは隊士制度によって、簡潔な伝達や機敏な行動が出来たことの証と考える。
上の1から5の理由によって、我々は当時の新選組隊士の名をハンドルネームと
して日常的に名乗っている。そして、他者に署名する時には「幕末維新新選組」と
サイト名を付記し、史実の隊士と同一人物であるかのような誤解を避けるように
努力する。常識的判断をもってすれば、このことは理解の範囲内であると
考えているが、その上でも、「個人的に不快感を覚える」と言われれば、
その個人の意見を否定するつもりは全くない。参加者個々について失礼な点が
あれば、正当な指摘、批評を受け止めていく考えである。
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<<幕末維新新選組より画像転載の件>>
当方でフリー提供しているのは、和風素材集の素材のみに限っております。
素材の使用方法はサイトに明記してありますので、各自でご確認のうえ、注意事項をお守り下さい。
それ以外のコンテンツは、画像、文章に限らず全て転載は禁止でございます。
素材以外を加工しての使用は、更に厳禁です。気に入った写真や絵画は、当サイト内で御閲覧下さい。
万一、当方の了承のない転載を発見した場合は、著作権の問題で当事者やプロバイダ等に通告し、
責任を問う事になります。
HPは著作物であり、画像にも作者の権利があることを、ご理解下さい。
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<<幕末維新新選組より文章転載の件>>
さて、そろそろ学校の試験も終わり夏休みが近づき、例年どおり(笑)
「新選組を題材にして宿題をやります」「文化祭の発表に新選組をとりあげます」
「新選組に興味を持ったので(誰でもいいから)教えて」という学生の皆様の
ネットサーフィンが活発化し、「教えて攻撃」が始まると思われますが、
幕末維新新選組では、PCをいじっただけで必要な勉強をやっつけよう、という
手抜きな考えには全く協力していません。学生の課題ならばなおさら、大人のHPを
真似して小奇麗にまとめときました、などという結果は先生も期待するところでは
ないでしょう。第一、今どきは先生がたもインターネットは見ています。
「あっ……こいつ、こんな所から」というのがバレたら減点は必至です(爆)
「新選組」は自室の机上で物書きをしたり談話したり、して名を挙げた集団ではありません。
暑かろうが寒かろうが、実際に自分達が体と知恵を使って「行動すること」で
名を残した集団なのです。彼らの戦いはシュミレーションゲームだったのではありません。
監察方も携帯やネットで情報集めが出来たわけではありません。山崎烝も吉村貫一郎も、
自分の足で西国を歩いていたのです。
「俺は誠を大切に思ってます」と演説して回ったのではありません。
行動で示した事から、後世の人間にも「誠」があると感じ取れるのです。
彼らの置かれた時代に比べれば、冷房のきいた書店や図書館に行ってみる、まずは
資料を探して読んでみる、なんて軽い軽い。今年の夏休みに「新選組をやってみるか」と
思い立った方は、まずは自分で行動して、自分の頭で考えて、自分の言葉で作っていく、
とりあえず「困る前からのネットだのみ」だけはやめておこう、というところから始めて
頂きたいと思います。マナーをしっかりと教わらないうちに安直に手出しをすれば
充分に「危ない世界」でもあり、逆に嫌な思いをする事すらあるでしょう。
重大な事件続きの余波で、ネットが無法地帯で悪影響を与えている、と国会でも
言われる時ですが、礼を尽くせば礼で返してくれる、という人もネット上には
まだまだ沢山います。「こんなに頑張って調べたのにどうしてもここはわからないよ……」
という時に、貴重な助言、ヒントを与えてくれるHPも人もきっと存在するはずです。
何か作って発表する、という生みの苦しみを経験して楽しみに変えているHP管理人達も、
多数いるはずです。出来上がった結果を真似するよりも、途中の努力を真似してみる事が
良いのではないでしょうか。