幕末明治基礎知識
| 枢密院設置 |
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憲法草案の審議等、国務の重要事項に関し、天皇の諮詢に答えて審議する機関
で、初代議長には首相を辞任して伊藤博文が就任した。他に副議長・枢密顧問
官より構成し、憲法制定後は同法に基づく機関として存続した。皇室典範や皇
位継承に関する事柄、更には重要な勅令の審議をし、各大臣には顧問官である
ため議会以上の権威を有し、天皇制を防護する役割を果たした。
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| 国産練歯磨 |
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明治五年の「新聞雑誌」の広告に、ドイツ医方西洋歯磨の販売がある。それに
よれば「我国従来の歯磨は、防州砂に色香を添、唯一朝の景容のみにて歯の健
康に害多し。抑此歯磨は、西洋の医方にして、第一に歯の根を固め朽ず減ず動
ざるを、薬力の功験とす・・・」とある。国産初の練歯磨は、明治二十一年一
月「福原衛生歯磨石鹸」として発売された。これは、陶製容器入りで、価格は
二十五銭と高かったが評判となり、売れ行きも良かったという。チューブ入り
の練歯磨ができたのは大正五年である。
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| 洋楽器の伝来 |
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オルゴール(自鳴琴) 江戸時代にオランダから入る。 オルガン(風琴) キリスト教と共に伝わり、平戸の教会で弾かれていた。 バイオリン・ピアノ(洋琴) 明治十三年に米人メーソンが音楽取調掛として来日した際に教えた。 ハーモニカ(口風琴) 一九世紀ドイツの発明で、日本には明治四十二年に入る。 アコーデオン(手風琴) 明治二十年代に簡単な形のものが国産された。 |
| ベルツの「日記」より |
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<明治二十二年二月九日> 東京全市は、十一日の憲法発布をひかえて、その準備のため、言語に 絶した騒ぎを演じている。到るところ、奉祝門、照明、行列の計画。 だが、こっけいなことには、誰も憲法の内容を御存知ないのだ。(岩 波文庫「ベルツの日記」より) |
| 明治洋風建築 |
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幕末の建築としては、次のものがある。 安政 4年−長崎製鉄所 文久 1年−長崎天主堂 文久 3年−品川外国公使館(1) これと同系のものとして内務省、大蔵省の庁舎。 明治に入ると外国人専門家も来日し、各地でさかんに洋風建築を設計した。 明治 1年−築地ホテル(2) 明治 4年−大阪泉布観、近衛兵舎。 明治 5年−第一国立銀行(2)、新橋停車場。 明治 7年−銀座煉瓦館 明治11年−参謀本部 明治14年−北白川宮邸 明治16年−鹿鳴館 明治22年−帝国ホテル 明治23年−浅草十二階 施設名の(1)は辻内近江(2)は清水喜助の設計。他は大部分外国人の設計 である。この頃の洋風建築は、木造漆喰塗かレンガ造りであり、コンクリート 造りは大正時代になってから奨励された。 |
| 幻燈の流行 |
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幻燈と類似の写し絵は江戸時代娯楽用として、わが国にあったが、教育用として
輸入されたのは明治六年である。もっとも幕吏がロシアの軍艦内でスクリーンに
映して見せられたのは嘉永六年。明治六年には、種板七〇枚を買ったが、すべて
教育用で、天文・自然現象・人体解剖・動物に関するものだった。十三年に国産
に成功し、学校等に貸し出したという。中期になり、一般に見られるようになり、
街頭や寄席で演じられた。
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| 学制の歴史 |
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4年 文部省設置 5年 学制発布。小学教則、中学教則制定。師範学校を開校。 7年 愛知・広島・長崎・新潟に官立師範学校。東京に女子師範。 8年 学齢を満六歳〜十四歳に定める。 9年 女子師範に幼稚園を置く。 10年 開成学校と医学校を合わせ東京大学となる。 12年 学制を廃し、教育令を制定。教学大旨出される。 14年 小学校教則綱領、小学校教育心得等。 19年 帝国大学令公布。小学校令等公布し、尋常と高等に分ける。 教科用図書検定条例。小学校教員免許規則。 20年 教科用図書検定規則。学位令。 23年 地方学事通則。教育ニ関スル勅語。 |
