土方歳三異聞

[ 屯所入口 ] [ 小説入口 ]

       一 序章
 市村、この刀とこの写真を持って、日野の佐藤家にあたってくれ――――。
あぁ、あそこでなぜ私は、はいと言ってしまったのだろうか。
 土方さんについてゆくと決めていたのに。
しかし、しょうがないのかも知れない。土方さんは、拒む私に刀を突きつけたのだから。
あのお顔は、京時代そのものだった。
 鬼といえば鬼だが、なんと言うのだろう、新撰組の、狼をたくさん従えたような鬼のお顔だった。
 その顔に負けた私は、はいと言ってしまった。
 しかし、私は信じていたのに。鬼の副長は、必ず生きて私の場所に来るって。
目の前にある、写真から声をかけてくるのだろうか?
いつもの鈍くて少し甲高い声で、
「市村君、何をしているんだ。薩長に頭を下げてしまったのか?私は下げてた覚えはないぞ。
さぁ、函館はなくなっちまったが、次は、奇襲でもかけようか。早くこい。」ってね。
あぁ、そうしたら私はなんと答えるのだろうか?
「副長、また真っ先に飛び込まないでくださいよ。こちらがひやりとする。」
だろうなぁ。
 まぁ、考える必要もなくなってしまったが。
副長、いや、土方隊長。
 なぜ死んだのですか?なぜいきなかったのですか?
 死んでしまっては元も子もないでしょう。
 あぁ、彦五郎さんがやってくる音がする。
 仏壇の整理かな?
 土方さん、副長、土方隊長。
 次生まれてくるときは、私を泣かせないでください。
私が、あなたのために悲しむのは、これっきりにしますからね。
土方隊長。土方隊長、ひじか・・・
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
 明治二年 戊辰戦争終戦数日後 佐藤彦五郎宅 
           土方歳三義豊仏像前 市村鉄之助也 

       二 明治の世に
明治九年。
 あなた様ですか、私めを呼んでいるというのは。
 しかしまぁ、明治政府の目がきんぎら光っているさなかに、
 よくうちにまでこれましたな。
え?なぜかとお聞きになりますか。
冗談がうまい。私めの正体を知っておるでしょう。
新選組副長土方歳三付小姓。
これが私めの幕末の身分です。
で、ご用件は?
・・・・・。
あなた様、お帰りになったほうがよろしいのでは?
こんなところで新選組の話を持ち出すとは。
どうしてもですか?
なら話しましょう。あなた様ご出身は?
 鹿児島・・・ということは薩摩のお生まれですか。
まぁ、いいでしょう。
きっと私ももうすぐこの世からいなくなりますからね。
 なぜかって?
そりゃあ、もう、どこでもかしこでも反乱が起きそうじゃぁありませんか。
土方さんのおそばにおった私は、あの人のカンを授けてもらったような気がします。
天性のね。
 もうすぐ、大きな戦がありそうな気がするんですよ。
さて、もうそろそろ話し出しましょうか。しかしこのことは伝説として扱ってください。
 なぜかと。
それは、あの人自身が伝説だったからですよ。そう、まったくの伝説。
まぁ、人に話すときは、伝説ではありませんが、「土方歳三異聞」と称してください。
さぁ、話しますよ。ここらの昼は短いですからね。

          三 (無題)
 あんなガキに何ができんのかと思った。
年齢はごまかすし、ちっこくて、おどおどしてやがる。
あんときゃ、総司に似てるとしか言いようはなかったが、俺にもちゃぁんと優しさってもんはある。
 こんなちっこいがきが、兄と村でて、新選組に入れなかったらどんな仕打ち受けるかわかったもんじゃねぇ。
俺は、近藤さんを説き伏せて、あの兄と一緒に市村を入隊させた。
 近藤さんは自分の小姓にするといっていたが、何を気遣かいやがったか、市村を俺の小姓にしやがった。
市村は、それを宣告されたとき、倒れそうになっていたな。
 だけど次の日、朝一番で俺の部屋来て着替えの支度をしていた。
あらぁ、驚いたなぁ。
 俺の部屋上がりこんでくる度胸もなさそうだったもんなぁ。
俺が、おいって声掛けたらあいつぁ飛び上がりやがって、
 「なにかまずいことでもしましたか。」
って、至極小さな声で言いやがったな。
 俺ぁ、なんにもねぇ、っていうと、あいつぁ、笑顔になった。
 総司に似てもにつかねぇ、白い顔だった。
 市村は、その後巡察についてきたな。
 周りからの誹謗中傷に耐え切れなかったあいつは、肩をがっくり落としてやがった。
俺は、そんなあいつに、慰め言葉をかけてやったな。
気にすんな。あんなのただの偏見さ。
って。
すると、あいつぁ、顔上げてはいって引き締まったようにいったな。
 そのちっこかった、市村が、いまはこんなにでかくなってらぁ。
剣の腕も寄せ集めだが、うまくなったなぁ。
あぁ、突きをする姿なんか、本当に総司に見えるもんなぁ。
 市村も時代に呑まれて死ぬのか。
それだけはさせらんねぇな。
市村は、いきねぇとだめだ。
 もうすぐ、俺の時代は終わる。
それにゃ、市村を巻き込めねぇ。
 巻き込めねぇようにするにゃ、どうしたらいいか。
明治二年 四月二十四日 二股陣地 土方歳三也

    四 戊辰戦争 前・後(鳥羽伏見の戦い)
 私が、新選組にはいったのは、慶応三年のことでした。
兄が、
 「このご時世に給金制で十両はめったにない。俺は村を出て新選組に入る。」
なんて、真顔で言うもんですから、私は兄と一緒に村を出て、
新選組の隊士募集に応じる羽目になりました。
 私は、受かるわけがない。と信じ込んで嘘とは思わなかったものですが、
兄の気合は相当なもので、私は十六歳と歳を偽ってまで
応募する羽目になりました。
 しかし、受からないと思っていたのが受かるから不思議です。
土方さんは、私のことを、
 「総司に似てる。」
っていって、兄と一緒に、新選組にいれてもらいました。
 私は土方さんの周りに小姓がいないことから、私は兄と一緒に近藤先生の小姓になる。
そう信じ込んでいました。
 しかし、近藤先生の小姓になったのは、兄だけで、私は土方さんの小姓になりました。
それを知らされたとき、私は、顔が青ざめるのを感じました。
鬼で名高いあの土方歳三付小姓ですよ。青ざめるのくらい当たり前でしょう。
 しかし次の日、遅れを取らないように、朝早くから土方さんの身支度をしていました。
すると土方さんが、声を掛けてくるのでたまったもんじゃありません。私は飛び上がってしまいましたよ。
 なにかまずいことでも。
私はそう聞きましたね。
土方さんは
 「なんでも。」
と答えたので、私はついつい笑みをこぼしてしまいました。
そしてまた、身支度に取り掛かりました。
私はその後、初めて巡察というものに出かけました。
 私が思い浮かべていた巡察とは、私ども新選組が歩いていると、周りの町人は、頭を下げ、恭しく眺めているというなんともきれいな巡察でした。
 しかし現実はあまりにも、違いすぎていました。
そのころ、長州、今で言います山口県とやらですが、京を追われていました。
 それでも、金回りのいい長州人気は京の町人の間では残っていた。
その長州びいきの人たちから浴びせられる誹謗中傷、目線などはあまりにも残酷でした。
私がいる前で、
 「壬生の鬼畜や。」
とか、
 「あんな小さい子でも、人斬る味が忘れられへんようになるんかなぁ。」
などとことさら醜悪な殺し文句が聞こえてきました。
 それも大きな声で。
私は、その有様に肩を落としていました。
 だって、考えても御覧なさい。天下に敵無しと歌われた新選組は、この有様ですよ。
すると、土方さんが声を掛けてくるんですね。
 「あんなのはぁ、ただの偏見さ。気にするこたぁねぇ。」
って。
 私はうれしくなって、顔を上げてはいっ。ていいましたよ。
 その後、いろいろと土方さんは話してくれました。
故郷の話。沖田先生の話。近藤先生の話など、でした。
 すると、不思議にあれほど怖かったはずの土方さんが、怖くなくなってくるんです。
いえ、むしろ温かい人。と思うようになってきました。
 それからですね。
わたしが土方さんを身近に感じ始めたのは。
 それから年が明け慶応四年。
 その年の始めは、これからくる戦をものがったているような雨でした。
土方さんは、その一カ月前くらいに撃たれた近藤先生の代役に隊内の指揮を執っておられでした。
私はその時久々に土方さんからはなれ、兄と供に伏見奉行所で、話をしていました。
 その頃、幕府軍と薩長軍の間ではいつ戦があってもおかしくないときでした。
そこに、ドーンと放たれた鉄砲も音が聞こええてくるのですからたっまったもの
じゃありません。
 私は、急いで宴会を開いている土方さんのもとへいきました。
しかし、あまりお酒を飲まない人なのに、
 「あんな鉄砲玉、酒の盃にしてくれらぁ。」
といって、一刻くらい、動きませんでした。
 まぁ、そんなこんなで鳥羽・伏見の戦いが始まったわけです。
土方さんについて、私は、刀を振り回しておりました。
 適当に斬って、自分の刀に油がまわって斬れなくなったら、倒れている人の刀を奪う。
 しかしですね。
それができるのは、白刃戦だけなんですよ。
おまけに初めての戦場です。
 しばらくしたら、足が動かなくなってきました。
 足が動かなくなったところで、目の前に大砲が打ち込まれてきました。
もう終わりだ。
そう思ったものです。
 だって、目の前に手首が落ちているんですから。
それもたったの一撃で。
たったの一発で、人が木っ端微塵になってただの肉片になって散るんですよ?
それを冷静で見られるほうが不思議ってものです。
 私は、手首を見て座り込みました。
もうだめだって思ったんだから。
すると、土方さんが馬からおりて私を殴るんです。
 「おめぇは、死にてぇのかっ!」
って。私は急いでいいえ。と答えましたが手首が手に当たり顔が真っ青になりました。
それを見た土方さんはね、
 「おめぇを、そんな風にしたくねぇんだよ。市村。」
といってくれるんです。
 私は涙が頬を伝っていくのがわかりました。
 不思議ですね。
土方さんの言うことだったら、私は何でもはいと言ってしまうんですから。
 しかし、ですね。
その早足の土方さんがいきなり止まるんです。
 私はびっくりとして、顔色を伺いました。
その、二重ではれっぼたいめはね、大きく見開いてある一点を見つめていたんです。
瞬きもせずにね。
私はその目線をたどっていきました。
 するとね、そこには錦の御旗があるんです。
それもその旗を持っているのはね、堀が深い薩摩軍なんです。
 ほかの隊士は、土方さんに詰め寄りました。
 「なぜあちらが官軍なのですか?」
 「私どもは賊軍なのですか?」
とね。
その問いかけに、土方さんは
 「そんなわけねぇだろ。俺達は御所をお守りしてきたんだ。」
って、何度も何度も同じことを繰り返すんです。
私は、その言葉を聴きながら、自分に問いかけました。
 自分達は、葵の御旗と供にあの旗をお守りしてきたんじゃないか?
ってね。
 しかし、賊軍の汚名を、主君に着せることはできない。
結局その旗に逆らえなかった私達は、退却を余儀されなかったんです。
そして、幕府軍は足利将軍と同じ賊軍となったんです。
 だけどね。
その時まではまだ、希望を持っていたんです。
大阪城にいけば、公方様が待っているって。
それを励みに、大阪まで上り詰めたんですよ。
 だけどね。
私達には、もっとひどい裏切りがまっていたんですよ。
大阪城についてすぐ、私は土方さんのお部屋までいったんです。
 すると、いつもぎらぎら光っている大きな目は、どこか落ち窪んでいる。
どうしたんですか。
私が聞くと土方さんは、気のない声でポツリと言ったんです。
 「公方様がお逃げなさったぁ。」
って。
 私は、飛び上がって、兄のところまで走りました。
幸い兄は生きていたものですから。
そしたらね、兄はもう知っていて、こう私に言ったんですよ。
 「逃げよう。」
私は、いやだ。といい言うことを聞きませんでした。
兄はたいそう怒りましたが、私は、けしてはいとは言いませんでした。
 だって、私には土方歳三という守りがついているから。
そうは言いませんでしたが、そう思っておったからです。

    五・土方の思い
        
 まぁた、市村から注意を受けちまったなぁ。
 「隊長がまっさきにとびこまないでください!」
だとよ。
 しかし、あいつぁよく俺に話かけれるよなぁ。
ほかの奴は、俺の顔、見た途端逃げ出しちめぇのに。
まぁ、それほど俺のしてきたことに意味はあったてことか。
 さて、総司も死んだか。
まったく。去年の訃報を今頃伝えに来る馬鹿がいるか。
きっと、永倉、原田も生きちゃぁ、いねぇ。
とすると、立ち上げからいた奴は、俺だけか。
やわな死に方はできねぇな。
 あぁ、市村がまた掃除をしているな。
俺ぁ、片付けるっていう、習性がねぇもんな。
市村は、最後まで俺についてくるつもりだろうな。
 ついてくるのはいいんだが、死なせたくねぇんだよな。
だが、ああいう奴だ。
 なにか理由がないとぜってぇはなれねぇ。
 さてと、そろそろ荷造りでもするか。
本陣五稜郭への帰営命令が出ているからな。
早ぇうちにいかねぇと、頭がコチコチの奴らに文句言いわれちまう。
 でも、市村がいなくなったら、誰が俺の、包帯巻くんだろう。
俺、自分で巻けないからな。
おまけに、あんなに掃除上手な奴もいねぇ。
また汚くなっちまうな。
 だけど、市村を死なすことはできねぇ。
なにか手はねぇか。
 姉さん。
 そうだ、姉さんに手紙を書くか。最後の頼みごととして。
そうするか。姉さんには最後まで、迷惑かけっぱなしだったな。
だけど、これが今生の頼みごとだ。
そう。最後の。
 ついでに、和泉守兼定と、写真も持ってかせるか。
形見の品として。
さてと、姉さんの手紙と。

 明治二年四月二十四日 二股陣地 五稜郭帰営前日 土方歳三也

     五・五稜郭帰営命令と永遠の別れ

 それから、何ヶ月かたったくらいの四月五日。
 新撰組には、ある、大きな事件がありました。
もうお分かりなんでしょう。
そう。近藤先生が、官軍に投降した日です。
 その日、土方さんと近藤先生。私と隊士二名は、敵に囲まれていました。
 そこに、官軍。黒の羅紗だったから、薩摩でしょう。
その薩摩の隊長が、近藤先生に向かい、
 「おいどん達は、幕府側のもんみだいじゃの。頭は、おはんか。そしたら、おはんに、江戸の本部に出頭を、願い出るまでぞ。」
と、命令口調で言いました。
 近藤さんは、出頭するより、「死」を選ぼうとしました。
そう、武士らしく死にたかったんでしょう。
 土方さんは、それを止め、こうおっしゃいました。
 「あんたには、いきてもらわねぇと困る。ここは、おとなしく、いうことをきいてろ。」
と。
 近藤先生は、もちろん、土方さんの言ったことを実行しました。
いつでも、土方さんの意見は間違ったことがなかったのですから。
 その後、土方さんはすぐに、助命嘆願に駆け回りました。
会津藩の松平容保様を始め、勝海舟など、どれも有名な人たちですね。
しかし、その最中、ある訃報が舞い込んだきたのです。
 その日は、すっからかんに晴れた日でした。
そこに、幕府の使いが来たのです。
 「内藤殿!近藤先生の、正体がわかってしまった!四月二十五日には、処刑だ!」
これを聞いた途端、土方さんは、自室にこもりました。
 私が、後からお茶を見に行ったときは、土方さんは、机に突っ伏して泣いていました。
 それはもう、子供みたいに。
 その涙はね。
私が、初めてみた涙だったんです。
だけど、土方さんはすぐ立ち直って、函館あたりに来ると、いつも、近藤先生のことを、笑い話にして、あたりの隊士達を和ませた。
 その、函館にいた頃、最初私達は、二股、と言う所に陣を張っていました。
土方さんは、隊長という立場なのに、いつも真っ先に飛び込むんです。
私には、それが気が気でない。
そして、土方さんの後に飛び込んでいくのが、私なんです。
私みたいな小心者でも、土方さんが飛び込んで言ってしまうと、それが魔法みたいに体が勝手に動いてしまう。
それほど、あの人の気迫はすごかったんです。
だけど、弾がすべて土方さんをよけてくれるわけじゃないんです。
戦の中には、土方さんの心臓まっすぐに、狙ってくる奴がいる。
そんな奴をね、私は、頭ッから叩っ斬るんです。
その後で、私はあれほど怖かったはずの人に、怒鳴るんですよ。
「隊長が飛び込んで死んでしまっては、後の者はどうなるんですか!犬死するんですかっ!」
ってね。
そうすると、あの人は子供みたいに言い返すんですよ。
「犬死じゃなくて逃げりゃぁいいだろ。」
とかね。
結局、私が勝ってしまうのですが。
その姿を見た、他の年嵩の隊士や、同年の隊士は、
「あんた、よく、鬼の副長にあんなこといえるな。すげぇよ。」
と、いわれたものです。
だけどそんな時、本陣からの意外な知らせが来たんです。
その日は、吹雪く雪がことさら強くなったときで、土方さんが、軍書を読んでいるときでした。
そこに、本陣からの使者がきたのです。
「ここから撤退し、本陣五稜郭への、帰営命令が出されています。」
若い、血の気が失せない奴らは、その使者の胸倉をつかみこういいました。
「二股は、勝っているんだ!なんで、もどんなきゃなんねぇ!」
って。
その使者は、ついには泣いてこう喚きました。
「勝っているのは、土方隊だけだ!すでに、回転も沈没している!勝ち目なんてもうねぇんだ!この戦に。その中、全ての幹部を集めて軍議を開こうって、榎本さんが行ってるんだよ!」
土方さんは、そこまで聞くと、それまで使者を握っていた隊士の手を振り解き、使者の話を聞いていたんです。
時代っていうのはこういうものなんですよ。
どんなに強い将に恵まれても、どんなにお金があっても、時代の流れには逆らえないものなんです。
そのころ、私達は、土方さんたちのおかげで、二股という陣を守り続けていました。
だけど、勝っているのは、私達だけ。
木古内も、松前城もすでに官軍に取り押さえられ、軍艦も全て沈没していたんです。
土方さんは、全てを知ると、部屋にこもり、作業をしておられました。
私は、その作業を邪魔しないように、掃除をしていました。
余談ですが、あの人の部屋というのは、とても汚かったんです。
土方さんは、その作業を終えると、私に向かい、寂しげな表情を見せこういいました。
「明日、五稜郭へ行く。皆に伝えろ。」
私は頷き、島田さんに伝え、いってもらいました。
そして翌日、五稜郭についた後、私は、土方さんの部屋に呼ばれたんです。
私は、そのとうりに部屋に行くと、そこには土方さんが、いつになく。
京では一度も見せなかった、穏やかな笑顔を、しておられでした。
私は、
「御用は?」
と聞くと、土方さんは、ひとつの細長い包みと、手紙と、封筒を私に渡しこういいました。
「俺ぁ、ここが死に場所だ。おまえにゃ、最後の命令だ。」
と前置きし、
「新撰組副長付小姓市村鉄之助に、副長自ら命を下す。ここにある包みを、函館より脱し、わが故郷日野の佐藤彦五郎殿に渡すように。」
と、大声で言いました。
私は、土方さんが、なぜ新撰組副長と自らいったのか、そのときはわかりませんでした。
そして、ただ、ただ、
「土方さん。私は、ここで討ち死にする宿命です。あなたの小姓ですから。」
と、なきながらいいました。
すると、土方さんは、鬼の形相で、私の首元に、刀を向けました。
「これは、副長直々の命である。背くものは、容赦なく斬り捨てる。」
と、いった土方さんに、私は言い返せなかった。
いつもみたいに、冗談で交わすことはできなかった。
私はね。
土方さんみたいに強くなかったんです。
いくら新撰組にいたって、いくら鬼の副長の小姓だって、私は、新撰組きっての臆病者だったんです。
だから、死の直前に本音が出た。
死にたくない。
って。
私は、その言葉で、抗う事もなく
「承りました。」
と、うつむきながらいいました。
そして、いつかまた会えると信じ、翌日、私は函館から脱しました。
今生の別れが、一日前に来たことなんて知らずに、ただ、ただ、私は離れていく蝦夷地を眺めていました。

六・鉄砲の音
市村、泣きながら出て行ったなぁ。
だけど、許せ。
これは、お前を生かすためなんだ。
生きて生きて、これまで死んだ奴の分も生き抜けろ。
さて。
俺の、長い喧嘩も、ここで終わりかな。
鳥羽・伏見から始まって、甲府、会津、函館と、負け戦続きで、いい思いなんかひとつもしてねぇ。
もうとっくに、公方様はお逃げなすって、近藤さんは死んじまって、戦う理由なんかどこにもねぇ。
だけど、俺ぁ、ただ、薩長という憎い喧嘩相手にだけは、頭を下げたくねぇって理由でここまできた。
思えば、市村は一度も大きな戦に、かってねぇな。
勝たせたかったなぁ。
もう夜明けか。
そろそろ、くるんじゃねぇか?
お偉い方々の、お使い様が。
足音が聞こえてきやがった。
さてと、俺ぁ、ここで死なないといけねぇな。
どうせ、生きていたって、ろくな生きかたしねぇで、近藤さんから笑れちまう。
「土方隊長。出陣の用意をとの、ご命令です。」
「あぁ、わかった。」
さて、一働きしてくるか。
新撰組副長土方歳三として、出陣してくるか。
近藤さんも、見ていてくれよな。
俺の最後の戦いを。
「出陣いたす!用意をしろ!」
俺の声らしくねぇな。
あぁ、これだけになっちまったのか。
壬生の狼の新撰組は。
「皆々に伝える!これを最後の戦いだと思え!俺がしんでも、怯まずに、戦え!薩長に、誠の武士の姿をみせてやれ!」
「出陣!」
俺は、鬼だ。
雪がまってきやがった。
市村は、大丈夫か。
寒がってはいないか。
もう、どうでもいい。
俺は、新撰組副長として、敵陣に突っ込んでやる!
ヒヒーン!
「土方隊長!だめです!」
「幕府軍土方歳三、新撰組副長として参る!」
敵陣が、崩れたな。
ここを切り込めばいい。
「新撰組だ!」
なんだこいつは。
銃しかねぇじゃねぇか。
上から切下げ・・・・
ターンターンターンターン
「土方隊長!」
「死んでいる・・・・・。」
明治二年五月十一日 五稜郭 新撰組副長土方歳三戦死 撃者 山口裕樹也

    七・市村鉄之助
私が、土方さんの最後の命令を、達成したのは、あの方が死んで、だいぶ後でした。
私は、彦五郎さんに、託されたものを渡し、岐路に着こうとしていました。
すると、彦五郎さんが、私の肩に手をやって、
「これを。」
といってきました。
そこには、土方さんの手紙がありました。
そして、「コノ手紙ヲ託ス者ノ面倒ヲ見ルヨウ、頼ミアゲタク候也。」と書いてありました。
私が、読み終わるのを確認すると、彦五郎さんは、
「歳は、君が去った数日後、銃弾で撃たれて死んだよ。」
と、辛そうに答えました。
私は、それを聞くのと同時に、目頭が熱くなってきました。
鬼の副長と呼ばれた、あの、土方歳三は、私のことを心配してくれたんですから。
最後の最後にです。
私は、涙が出るのをこらえて、
「仏壇を・・・」
といいました。
彦五郎さんは、私を家に入れてくれ、案内してくれました。
そこには、小さな副長がいました。
髪を「おーるばっく」にして、洋式の、服を着て、和泉之兼差を腰に持っている、副長が。
彦五郎さんが、出て行った後、私は、何度も、何度も、写真に向かって、話しかけました。
「なぜ死んだのですか」
とね。
この任務が、終わった後、土方さんを、迎えにいこうと思っていた私は、そう問ました。
それから、私は、決めました。
来世も土方さんにお仕えすると。
そして、決して泣かないと。
そうして、私は泣きました。子供のように、一人の主をなくしたものとして。
その後、私は三年間、彦五郎さんの家においてもらった後に、兄を探して、仲直りをしました。
そうして、今の私がいる。というわけです。
これが、「土方歳三異聞」です。
ところで、お名前は。
山口裕樹。ですか。
どことなく、風格が漂う名前ですね。
さてさて、このあたりの夜は早いですからね。
もう、月が見えてきましたよ。
しかし、どこかで聞いた名前ですね。
函館戦争でも、活躍したからなんでしょう。
ありがとうございました。
なんで、こちらから礼を言うかと。
思い出させてくれたからですよ。
あの人の心意気を。
あの人の生き方を。
これで、私は、もうすぐ来る戦に、参加できます。
まぁ、ないほうがいいのですがね。
畳の上で死んだほうが、土方さんは、安心でしょうからね。
それでは、お気をつけて。
明治九年 語者 市村鉄之助 聞手 山口裕樹 也

      八・明治の戦で
やっぱり、戦場だったか。
なんで、戦場にいるかって、今考えていたら、そりゃあ、薩摩のおえらい様が来て、
「おいどんも、戦って下さらんか。武士の心いきを忘れた、明治政府の輩を供に、倒しもんそ。」
なんていわれて、考えることもなく、うなずいちまったんだからなぁ。
土方さん、なんて顔するかなぁ。
まず、笑ってるはずがねぇ。
怒ってるな。
それで、
「おめぇ、なんで、戦場にいるんだ!おめぇは、まだ死ぬやつじゃねぇ。」
って怒鳴るな。
でもしょうがねぇよ。
私は、アンタの小姓だ。
鬼の副長の小姓の死場は、戦場にしかねぇんだ。
だからだよ。
さてと、俺も口が悪くなってきやがった。
あの人のせいかな。
今思い出したが、山口さんは、薩摩の人じゃなかったか。
こっち側にいると思うけどな。
大久保側じゃなけりゃ。
後で調べてみりゃあ、あの人は、示現流の免許皆伝者だったらしい。
そんな、お偉いさんが、なんで、俺の話を聞きに着たか。
まぁ、わかんねぇけどな。
「おい、出陣だぞ。」
っち、人が思い出に浸ってる時だってのに。
あぁ、土方さんの口癖が、うつってきちまってるな
「あぁ、わかった。」
土方さん、そっちで見ていてくださいよ。
俺の最期を。
そっちにいきゃぁ、俺は、また、掃除でも何でもするからさ。
まっててくれよ。
さて、いきますか。
たっく、俺の参加する戦は、とことん、負け戦ばかりじゃねぇか。
土方さんの最期の戦いもそうだったんだろうけどな。
だけど、今回の戦じゃ、土方さんじゃねぇから、すぐ片付くさ。
俺達の負けでな。
「一同、出陣!掛けろ!」
たっく、強いはずだよな。
徴兵令で集まった奴らなんだから。
土方さん、俺は、今駆けています。
戦場を。
だから怒らないでください。
精一杯戦いますから。
今という瞬間を駆けますから。
土方さん、ひじか・・・。
ターンターンターン
「おい、誰だ今の!相手は、鉄砲なんて持ってないぞ!流れ弾だぞ!市村!畜生!誰だ!」
土方さん、今、そっちに向かって、駆けます。
かけ・・・
「市村!」

明治十年五月三十日 市村鉄之助流れ弾にて戦死 撃者 山口裕樹

      九・武士
「おいどんたちは、もう、負けたようじゃ。」
おい、おい、そげな下らぬ、嘘はやめたもせ。
「うそじゃろう。おはんは、昔から冗談というものが好きじゃったからの。」
「嘘ではなか。西郷さんが、切腹なされたそうじゃ。」
「そいが、まことじゃッと。」
「嘘ではなか。さっきからいいよる。」
もう、終わりじゃ。
西郷さぁが、切腹したなら、こいな戦いはもう終わりじゃ。
土方さぁを、たまたま殺した、おいが、その、小姓の、市村さぁ、まで、流れ弾でやってしもうた
おいも、薩摩も、武士も終わりじゃ。
「そいで、おいは、ここで果てる。」
「そうか。おいもじゃ。じゃどん、おいには、心残りがあるけ、おまえ、さきにいってろ。」
「あぁ、まっちょるぞ。」
さぁて、心残りっちゅう、「くーる」なもんは、なかけんど、おいは、市村さぁに、誤ることがある。
外国語で言う、「あいむそーりー」というもんじゃ。
悪かった。
おいが、おはんの師ば殺した。
おはんが、おいの名前ばしっとたのは、そういうことがあったからじゃ。
悪かったな。
おはんと、土方さぁは、立派な武士じゃった。
敵ながら天晴れじゃぁ。
すばらしいぞ。
武士の心いきば忘れとる、今の政府とは比べ物にならんくらい、おはんらはすごかっとん。
市村さぁも、土方さぁも、武士の心意気ば忘れなかった、数少ない幕末の武士じゃった。
市村さぁ、おいも、そっちにもう、いきもす。
敵に捕らえられて生きるのは、武士の辱めじゃぁ。
西郷さぁも、中村さぁも、もうこの世におらんのじゃ。
おはんらのことを、明治政府の中で、密かに憧れとったこの二人は、死んだのじゃ。
薩摩は、権力欲が強かったから、おはんらを裏切るようなまねをしたが、薩摩は、おはんらのいき方に憧れとりもした。
市村さぁ、今行くから、待っとてな。
さてと、この愛刀が吸う、最期の血は、おいの血じゃ。
切腹の前というのは、こげな気持ちじゃったんか。
さて、うっ!
刺したはええがじゃ、なかなか死にきらねぇ、もんじゃのぅ。
まぁ、切れ味はよかけん、後、大声搾り出すとしぬなぁ。
叫ぶか。
「新撰組敵ながら天晴れなり!」
ゴホッ。
もう、しぬなぁ。
敵ながら、天晴れじゃっとんぞ。
あっ・・・・・。

明治十年九月二十四日 山口裕樹切腹 同日 西郷隆盛 中村半次郎等切腹 西南戦争終戦

     十・誠
誠ノ隊旗ガ翻ル。
ソノ隊旗ガ翻ル時、幕府ニ忠誠ヲ誓ッタ者達ノ、「誠ノ思ヒ」ガ戻ッテクルトキ也。
ソシテ、ソノ者達ニ、憧レ、敵ナガラソノ生キ様ニ、感動シタ者ノ、思ヒモ戻ッテクル時也。

この時分、戦死した者達は、時代に名を残したものたちだ。
また、市村鉄之助のように、最期まで時代に呑み込まれて行った人も、異聞を残している。
土方歳三異聞のように。

                           (終わり)
<2008/4/2(水) 21:45 綾香>

小説入口

屯所入口
まろやかリレー小説 Ver1.20a

この小説は幕末維新新選組の著作物です。全てのページにおいて転載転用を禁じます。
Copyright©All Rights Reserved by Bakumatuisin Sinsengumi