| 明治二年(1869年2月11日〜1870年1月31日) | ||
| 1月 | 1日 | 土方、小芝長之助と大津屋に酒井を訪れ面談。 |
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2日 | 新選組、市中大巡邏を行う。 |
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6日 | 酒井、土方を訪れ面談。 |
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14日 | 酒井、榎本・土方を訪れて面談する。 |
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15日 | 陸軍隊より24名、彰義隊より8名が新選組に加入する。 |
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19日 | 酒井、土方を訪れて面談。 |
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25日 | 酒井、土方を訪問。 |
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28日 | 酒井、土方を訪問。 |
| 2月 | 28日 | 土方、新選組の市中取締りを労い金千疋を与える。 |
| 3月 | 4日 |
酒井、土方を訪ねて面談する。 同日 箱館病院掛頭取の小野権之丞、土方を訪れるが不在。 |
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20日 | 新政府軍艦隊の宮古湾寄港を知り、 甲鉄艦隊奪取作戦が計画される。中旬とも。 |
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21日 | 甲鉄艦奪取の為、回天・蟠龍・高雄の三艦が箱館を出航。 |
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24日 | 暴風の為、蟠龍が脱落し、回天と高雄が集結地の山田湾に入港する。 |
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25日 | 高雄の機関故障の為、回天が単独で甲鉄艦奪取を決行するが、失敗して箱館に敗走する。 この戦いに館長の甲賀源吾・野村利三郎らが戦死、相馬主計ら多数が負傷。帰還故障の高雄は 羅賀海岸に座礁、自焼して乗員は南部藩に投降する。 |
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26日 | 回天・蟠龍、箱館に帰港。 |
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同月中 | 玉置良三、病死。 |
| 4月 | 6日 | 新政府軍が24時間内に蝦夷進攻を決行するとの情報がイギリス商船よりもたらされ、 市民の避難所が設けられる。市中取り締まりの新選組に厳重警戒が命じられる。 |
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7日 | 新選組は弁天台場を本営とし、箱館山上・寒川・山背泊・沖ノ口等の警戒にあたる。 |
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9日 |
新政府軍第一陣、乙部に上陸を開始し、江差警備の一聯隊と交戦。 同日 土方、奉行添役の大野右仲・大島寅雄・守衛新選組・伝習歩兵隊・衝鉾隊 などを率いて大野市渡に出陣する。 |
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10日 | 土方軍、二股口に赴き、台場山を本陣として天狗岳などに陣地を構築する。 |
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13日 | 午後3時頃より第一時二股口攻防戦が勃発し、一渡在陣の土方、台場山に急行する。 |
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14日 |
二股での戦闘が前日より16時間にわたって継続され、ついに新政府軍を撤退させる。 同日 仙台の見国隊400名と、桑名藩士5名が砂原に到着する。後日、桑名藩士のうち4名が新選組に加入する。 |
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15日 | のちに土方の遺影を日野の佐藤家に届ける市村鉄之助、箱館を脱出する。 |
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23日 | 第二次二股口攻防戦が始まり、25日朝まで戦闘が継続される。この戦いにおいて、 土方軍は発砲で熱した銃身を水で冷やしながら応戦したとされる。 |
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24日 | 新政府軍艦隊、箱館湾に襲来して砲撃を行う。 |
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26日 | 箱館湾と二股口で小戦が行われる。 |
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29日 |
矢不来の守備陣が新政府軍に突破され、土方軍の退路遮断の危機に二股口退却命令が下される。
午後八時頃より台場を放棄して市渡に退き、赤川・神山などに散兵する。 同日 新選組に出撃命令が下され、有川の敵陣を夜襲して引き揚げる。 |
| 5月 | 1日 |
土方、五稜郭にて榎本らと会談の後、弁天台場に向かい新選組隊士と再会し、有川出陣を命じる。
この日より土方は大町の佐野専左衛門方に逗留する。 同日 夜新選組、大鳥圭介の指揮で七重浜川に夜襲を行い、歩卒の惣六が戦死する。 |
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2日 |
津田丑五郎、前夜の出撃で負傷し箱館病院を訪れる。 同日 新選組、彰義隊とともに七重浜を夜襲し、有川まで追撃して帰陣する。 同日 旧幕軍を指導したフランス軍人ブリュネら、自国船で箱館を脱して横浜に向かう。 |
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3日 | 新選組、彰義隊・遊撃隊とともに七重浜を夜襲する。 |
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4日 | 佐野家に逗留の土方、五稜郭へ帰陣する。 |
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6日 | 新選組等、大鳥の指揮下に夜襲を決行しようとするが、躊躇して彰義隊に先鋒を譲る。 |
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7日 | 箱館山警備の新選組、山上に地雷火を仕掛けようとした不審人物を捕縛する。 |
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8日 | 新選組、神山へ出張の後、彰義隊・遊撃隊とともに七重浜を夜襲する。 |
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9日 | 土方、箱館病院に小野権之丞を訪れる。 |
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10日 | 翌日の新政府軍による箱館総攻撃をひかえ、榎本ら旧幕軍幹部は築島の武蔵野楼で別杯を交わす。 |
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11日 |
未明より新政府軍の総攻撃が開始され、箱館山において粕屋十郎・蟻通勘吾、弁天台場において
栗原仙之助・津田丑五郎・武部銀次郎、又長島五郎作も討死し、新選組は箱館奉行の永井尚志の兵とともに
弁天台場に籠城する。 同日 土方、安富才助・立川主税・沢忠助らとともに千代ヶ岡陣屋より額兵隊二小隊を率いて一本木関門に出撃し、 馬上で指揮中、腹部に被弾して討死する。 |
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12日 |
新政府軍の攻撃が継続される。 同日 安富才助、五稜郭で土方の実家に戦死を伝える書簡を記し、立川主税に託す。 |
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13日 | 新政府軍、弁天台場に降伏の使者を送る。 |
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14日 | 弁天台場の籠城兵、降伏を決する。 |
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15日 |
相馬主計、最後の新選組隊長となる。 同日 弁天台場降伏。籠城の新選組隊士92名、歩卒11名。 |
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17日 | 榎本武揚、降伏を決意する。 |
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18日 | 五稜郭籠城兵、降伏。武装解除の後市中寺院に収容される。 |

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