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新選組 新生の日
八月十八日の政変、という事で、
会津・薩摩がかねてひそかに手を組み、長州勢力を
朝廷から一掃するための「クーデター」といわれる。
孝明天皇は大の異国恐怖症ではあられたが、
それは夷狄によって日本を蹂躙され穢されるのは
自分の世にそんな事になっては申し訳ないという
御心であって、古代の天皇と違い外交はおろか
自由な行幸もゆるされなかった当時の事とて
やむを得ない。
かつて幕府の人もなげなふるまいには
お怒りもされたろうが、和宮を降嫁させ義弟となった
当世の将軍徳川家茂、京都守護職松平容保の
誠実な二人には信頼をおかれたという孝明帝のこと、
幕府を倒して自らがという考えなどなく、逆に、
攘夷を旗印に暴走する「勤皇派」を苦々しく思召す。

与党の揚げ足をとり野党が反対反対なんでも反対と
騒ぐのは今もそうだが………

芹沢の大砲ぶっぱなし事件も、交代で帰国するはずの
会津藩兵を京に足止めしてこの政変のための兵力増員を
カモフラージュするための作戦ではないか?というのを
読んだ事があるがさてどうなのか。
八月十八日、出動を命じられ勇んで武装した壬生浪士組は
当の会津藩兵から進路を止められ、
「お手前がたが通るとは聞いており申さぬ」
と、言ったのだか、実は会津言葉でさっぱり通じなかったのかは
わからないが、幼い頃から「ならぬものはならぬのです」で
約束を破れば抗弁もならず派切り(派遣切りではない)といって
つらい徹底無視の刑を受けて育ったとゆーマジメな会津武士。
味方なんだからちょっと見ぬふりすれば
すむものをってなわけにはいかない。

そもそも会津藩士にしてみれば、はるばる故郷へ家族を置いて
異国にも近い言葉も通じづらい都へ厳しい単身赴任の我々、
こんな馬の骨だか鹿の骨だかわからん寄せ集めの連中に
「会津中将様お預かり」
などという名分を与えてやり一緒くたにされるだけでも
腹立たしい、という気持ち、あってもおかしくはない。

温和なくせに人一倍喧嘩っぱやい山南敬助などは、
まーまーそこは穏便にといって袖の下に入れるとか
そういう事はあまり得意でないらしくカッカして一触即発、
大事な任務の前に、通せ通さん、やんのかてめえ状態となり
会津藩兵が槍ぶすまを立ててといっても別にとがった
ふすまを持ってきたというわけではなくて、
手に手に槍を持った連中がびっしり並ぶという事ですが、
そこに躍り出たのが押し出しだけは百人前の、
鴨という名なのに煮ても焼いても食えない男。
護身というより人をぶんなぐる時に使うとしか思えない
大鉄扇をぱらりと開いて、その槍ぶすまをひらひらと
あおいでみせるなんというパフォーマンスをやってのけ、
こっちは尻上がりの常陸弁でなんと言ったか知らぬが、
血がのぼった石頭を冷やして進ぜようかそれそれ、
ぐらいの事は言いそうである。
そこへまるでお芝居のようにタイミングよく会津上役からの
仲裁が入りまして、すいませーん伝達ミスでしたー
きのうからファックスがこわれちゃっててぇ、
メールで送信しといたんですけどぉ、
とかなんとかは言わなかったが、
そこで目印に幸せの黄色いリボンをもらった壬生浪士は
これで誤解もとけもうした、やれ晴れの出陣うれしやのぅ、
わーぁはーぁはーはーはぁーぁと歌舞伎のようにそり返って
笑ったりなんかはしなかったが、
まーあん時の芹沢のにくったらしいことったらなかったわ
というので会津藩士のウワサになったらしいが、
ともあれ無事に
「御花畑までまかりとおる!」
コータローじゃないんだから……(古い)
出動出来たのである。
この「お花ばたけ」という語感でいつもけしからぬ想像をして
笑ってしまうのはきっと私の他にも数人はいるに違いない。
一面のお花に囲まれて花の首飾りとか冠を編んでたりするとか、
そんなことは思ってもいけない、思うと絵が浮かんでくる。

というわけで大きな戦乱にはならず、無事に長州派を
××しまして、この日、壬生菜、壬生寺、壬生狂言、もひとつ
ついでに壬生浪士組、という長いだけでひねりの足らない
団体名で今ひとつアピール度に欠けていた浪士達には
「新選組」という不朽の名作ともいえる名称を武家伝奏を通じて、
頂いたのである。

まあ頂いたといってもそこはおカミのする事ですから、
いきなりというわけではなく、それまでの根回し段取りは
あっただろうと思うわけですが。
たとえば、ミブロミブロと呼ばれていかにも体裁が悪い、
何かこうパッとしたチーム名はないもんでしょうか?
そうじゃのー、おらが国元には「しんせんぐみ」といって
殿様の御身辺を守る優秀な者だけを選りすぐったという
名があったとさ、あっそれいいですねなんかさわやかで
カッコいいっす、くださいください、ってタダではやれんの、
おまえさんたちがそれにふさわしい働きをした時にこそ
ごほうびとして授与しちゃってもらってもいいですかーって
………的な。
会津ではもともと「新撰組」、殿様のお手ずからえらんだ
手の者という意味でもよかろうがこの間の書類のやりとりで
武家伝奏からはもっと普遍的な意味での「えらぶ」を
シンプルに「新しく選りすぐった組」と名づけたのだろう。
「手」のほうでと注釈がなければわからない字より真っ当だ。
ペアともいうべき江戸の新徴組も文字通りであるが、
新選組のほうがはるかにカッコいい、誉を感じる。
この命名が新選組と新徴組でもし逆だったら………?
これほど鮮烈な印象になったかどうか。
さて後に生き字引的存在の一人となる島田魁は
「新選組」と命名されたと記録した。
うがった見方をすれば、先のような理由で
会津藩で「正当の」由緒ある
「新撰組」をそっくりそのまま雇われ浪士には授けず、
平凡な(?)ふつうの選ぶでいいでしょと一字変えたかもしれない。
が、この名がその後会津藩のもともとの組より全国的にそして
驚くほど後まで使われる事になろうとは。

少なくともテリー伊藤が名付け親の羊よりはずっとずっと
重い価値が付与されたはずだ。
近藤勇は新選組の印を捺印した文を故郷に送ってみせた。
命じて作らせたものだろうから、まず誤字は考えにくい。

新選組、新撰組、どちらもほぼ同じ意味ととらえる人もいて、
手書きでそのつどの気分で書いてもよかった当時から、
平成の今日までどっちでもいい、どっちが好きだと同じことが
繰り返されているが、

拝命からずっと後、「新遊撃隊御雇」というこれまたひねりのない
イケズな団体名に改称させられそうになった京都も最後の頃、
その命令をあえて断って、「もとの新選組」を名乗る、とも、
島田は記録した。

という事で、「新選組の日」のうちのひとつと言ってよいでしょう。

by 沖田総司 ¦ 23:56, Wednesday, Aug 18, 2010 ¦ 固定リンク ¦ トラックバック(2) ¦ 携帯

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