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近藤勇死す
旧暦 慶応四年四月二十五日は、新選組局長近藤勇の命日。
西暦1868年5月17日であるから気候はすでに初夏。
目には青葉、の季節であったことだろう。

約半世紀前の小説「燃えよ剣」では、
近藤が時勢に敗れたことに疲れ、土方に別れを告げ、
「みんな自由にするがいい、俺も自由にする」
といって、自らの生を諦めて投降する事になっていた。
だが今では、集まった部下を守り時を稼ぐために、幕臣として
勝海舟の江戸包囲作戦にそった任務遂行、前将軍の助命と
徳川家処遇の決定を待つ時という事もあり、無駄な抵抗をせず
潔く一軍の将として出頭することに変わってきた。
捕まれば、近藤とばれれば死ぬに決まっている、
だから高台寺の残党に素性を看破されて真っ青になっていた……
などというのは、後からかまされたホラであろう。
死中に活を求めるのは天然理心流の剣士としても当然である。
万一にも、生きて役に立つことがあるかもしれないのなら、
沙汰を静粛に待つ。結果、満足な裁きではないが死(しかも斬首)を
宣告された以上、刑場まであわてさわぐ事なく運命に従った。
囚人には刃物を持たせないから、のびたひげを最後に綺麗に
剃ってもらって、礼を述べたという。

サカモトリョウマ暗殺の首謀者という濡れ衣を嫌悪した上に、
近藤勇をバタバタと殺し、十日後に小栗上野介を殺したのは
薩長土のインスタント政府による、先見と礼儀のなさゆえである。
生きているとこわいから殺す。
あれだけ恐れられた新選組局長でさえ、浮浪の徒として
こんな目にあうのだぞ、という見せしめのために京・大坂まで首をさらす。
ぶざまなことだ。口に出さないまでも、アホちゃうかと思った庶民も
いるに違いない。
戊辰戦争そのものも、やらずもがなの事をあえて起こした人災であった。
慶喜はサカモトらの言うとおり、平和的な政権移譲と次期改革のために
あえて大政奉還したのである。それでも無理やり戦争をしないと
世の中が自分たちの有利には変わらないと頑なに信じている者が
中心にいたせいで江戸の薩摩藩邸焼き討ちが起こり、討薩表奏上が
戦端を開いたのだが、それで後にもうけた者もあるだろうが、
多くの普通の人達にとっては甚だ迷惑なだけであった。
慶喜は助命されたが、次は会津がいけにえになり戦禍は北上し続け、
悪魔のように財物が奪われ女子供まで死んだ。
追われる幕臣は活路を求めて蝦夷にかりそめの独立国を持とうとし、
最後まで抵抗を続けた。病院の傷病者も殺された。
戦争が終わり、ある者は責任者として刑を受け、または不毛の土地に
追われて凍えたり飢え死にした。
そこまでして守ろうとした「武士」というものも、「士族」という呼び名を
残して藩そのものが解体され霧消し西南の内乱に続いていった。
近藤勇の死はそのうちのひとこまに過ぎない。

こんにち、未曾有の災害が日本を襲っている。
言葉でなんどお見舞い申し上げても足りないが、本当に本当に
お気の毒なことばかりで、見聞きするだけでも涙が出てくる。
大きな地震、防波堤を超える大津波。目の前でカメラを構えていた
人たちも信じられなかったことだろう。ただ、映された記録は決して
無駄にはならず貴重な分析のもとになっていくことだろう。
がんばろうニッポン、と、皆が言っている。
実にこんな時ぐらいはがんばらないといけない。ただしがんばっても
心も体も疲れて悲しみに打ちのめされないように……大規模ゆえに
後手後手になっている対策もいずれ大きく形を成していくものと
信じていたい。時間はかかる、だが時間は止まらない。

天皇皇后両陛下。皇居の自主停電や、御用邸の一部お風呂提供、
避難所へのお出まし。東北へも、いよいよ行かれるという。
別に皇室崇拝者ではないのだが、本当に頭が下がる思いだ。
ご高齢の両陛下が自らひざをついて災害地の人々に声をかけ、
話を聴かれる様子に、素直に、もったいない、ありがたい、という
気持ちになる。もっと年上の人はなおさらだろう。
平成まで、皇室があって良かった……と思っている。


政府、政治家のダメさかげんはあきれるばかり。
震災直後の混乱はやむを得まいが、ちょっと日数が経つとまたもや
揚げ足とり合戦。原発推進してきたのはどの党なのよ……。

少なくとも新潟の原発が地震でダメージを受けた数年前の時点から、
考えられるだけの災害対策を施しておかなければいけなかった。
安全クリーンな平和利用の発電所なのに、地震と津波で電気が
止まったとたん暴走事故を起こした。
1日目の刻一刻が大切なのに、総理が特別にヘリに乗って
パフォーマンスをするために、作業を止めてわざわざダメにした。
お前がいくより電源車と放水車が行くほうがよっぽどいいよと
言う人はいなかったのかポカンとしていたのか知らないが。
そして、一部の人間が犠牲になるぐらいは仕方ないとばかり、
野菜も魚も牛も豚も鳥も……どんどん被害を広げていく。
一企業に補償できるようなものではない。

馬鹿が中心にいると組織は動かない、あるいはダメなほうに動く。
「ただちに健康に影響はない」
そんなことわかってるよ……即死するほどの被曝量じゃないだろうことは。

原発避難地域に指定された地域で102歳の方が自ら死なれたそうだ。
家族にも告げず下着も綺麗なものに替えた上のことだったという。
避難先で「放射能がうつる〜」とからかわれてもとの県に戻った
子供たちがいるという。
馬鹿な子供とその親こそからかって糾弾してやれ、と思う。
自衛隊、消防、警察、誰かがやってくれれば……という場所で
それぞれがんばっている。
原発の作業員も被災者で、家をなくし半ば無理やり危険な
作業現場で働かされている。
ひどい風評で、農業、漁業、工業、観光産業……誰しもたちまち
生活が立ち行かなくなる。避難所にいれば食べ物があるだけで
ましだと思えというのか。この間の過度のストレスは体に影響がないのか。
「ただちに影響はない」
要するにこわれちゃってあふれちゃって何もできんから
まあしょうがないメドがたつまで黙って待ちなさいよという、
敗北宣言の言葉である。

かつて億万長者として時代を席捲した被告が人生は不公平だ、とか
今日言っていた。
その通りに人生は不公平なのだ。
生まれながらにひとりひとり違うのだから。
歴史は不公平の連鎖でできている。

ふつうの人から突然「被災者」になってしまった人。
「死者・行方不明者」のひとりになってしまった人。
失われた町、村、船、家、学校、草木、ペット、車、パソコン、
おもちゃ、服、何もかも。

日本は瀕死の重傷を負っているのだ。
まだ手当ては始まったばかりで、今の政府には名医がいない。

自動販売機やめればいいとかほざく独裁者が懲りずに知事になる。
なんでこの老人を選ぶのだろう。また作家の夢想に無駄金を
使わされるだけなのに。

世界フィギュアを開催するそうだが……また例の疑惑選手の復活を
特化して大賛美する民放の偏向報道が始まった。その国のスポンサーが
今の資金不足な日本のマスコミにとても大事なのはもうわかったから
いい加減にして下さい。うんざり。

大相撲、炊事洗濯なんでもできる力持ちがたくさんいるのに
交通が止まってるからとかなんとかで被災地支援にも行かず。
サッカーや野球の選手はかなり遠くまで行ってますが。
おすもうさんは申し訳程度に近場の避難所だけ。こんな時ドサクサで
わけわからん答弁と粛清、八百長なんてやってません、といいながら
普通の人が着られない綺麗な着物やスーツ姿でまだ文句たれている。
皆さんととかく黒い噂のある暴のつく組織の人達ですら、今回は
すぐ炊き出しに行っていたというのにね。
トカゲの尻尾きりを繰りかえし、普通に大メシ食って寝て相撲とってりゃ
いつまでもうまいことごまかして存続できるとでも思ってんのか。
若貴の家族美談が崩れた時点から、とっくに終わっていたのだ。
相撲界はもう復興の必要なし。
あとは公営ギャンブルの一つにしてもらい、競輪競馬競艇と同様、
お客が勝敗予想して賭けられるようにしたら……。

自粛自粛で暗く沈んでいると何も進まない。
せっせと働いて遊ぶ時は遊び。
チャリティーだなんだという便乗売名にも乗れる時は乗り、
シラケたら乗らない。小銭があれば募金する。
どうせ電気代は上がるのだから消せるだけ消す。
エレベーターより、もう体力作りのために階段をゆっくり上がろう。
連休中の旅行予約も戻ってきたという。
探せば良い宿があるはずだ。
キャンセルが多いぶん、できる限り大切にもてなしてくれる所だって
あるだろう。
地震がこわいといったって、今住んでいるところが無事という
約束はどこにもない。

東北の桜が、次々に咲いてゆく。
休みがとれない仕事にいるが、いつか見たいなぁと思いつつ
無駄に年をとっていっている。
いつか、あそこも、ここも、あの人と見に行こうと夢を見るだけでも、
いいと思う。
近所でつまらない風景の中に咲いていても、それぞれの花は美しい。
美しいものは美しい。泣いても笑っても生きていることが大切だ。
どんなに今がしんどくても、まだまだ、その先があると思いたい。
滅びの美など、本当にありはしない。




by 沖田総司 ¦ 23:40, Monday, Apr 25, 2011 ¦ 固定リンク ¦ トラックバック(0) ¦ 携帯

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